作品分析の基礎的なこと

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楽典の中の形式に関する章や楽式論の本を読まれた方も多いと思いますが、全くの基礎教養のような感じです。演奏の現場ではAllegroやAdagioの意味を知っていることのほうが役に立ちます。しかし形式に関することを演奏に結び付けて実感として理解することは非常に重要です。気持ちを新たにして楽式論の本などに目を通しておくことをお勧めします。以下ソナタ形式に話を絞って基礎的なことをご説明します。

ソナタ形式は作曲家を選別してしまう恐ろしい形式だと思います。だからほとんどの作曲家が自分の才能を発揮するためにこの形式にチャレンジをしました。なぜソナタ形式にそんなすごい潜在力があるのかを考えて見ましょう。

下記がソナタ形式の基本的特徴です。

1)提示部―展開部―再現部の形式を取ること。
2) 独立した性格のテーマを2つ持つこと。(第一主題、第二主題)
3) 第一主題は作曲家の基礎楽想でもっとも重要な地位が与えられる。
4) 第二主題は提示部では属調で提示される、再現部では主調で再現されること。

ソナタ形式は提示部が展開部を経て再現部に接続する形式です。提示部ではしっかりとした自己主張が必要であり作曲家の基礎楽想が明確に提示されなければなりません。

展開部はもっとも印象的に提示部(特に第一主題)を再現するためのお膳立てとしての性格を必ず持たなければなりません。つまり作曲家にとっては才能と技巧の見せ所になります。カテゴリ1.1.に分類した真価を問う作品群では素晴らしい工夫がされていることが多いのです。例えばベートーベンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」の属7の和音上に主和音によるホルンのテーマをのせる例(1楽章394小節)は、巨匠がこの形式に潜在する能力を掴み出しているような感じがします。

展開部という名称から主題の展開が第一目的のように思われますが、どのように巧みに主題を展開しても、再現部への効果的な接続に失敗すれば意味がなくなります。その意味で展開部は提示部からの離反が基本的性格でしょう。

したがって展開部で全く主題の展開を行わない例も古典期には沢山あります。効果的なテーマの再現を果たすことが第一目的です。したがって接続部分の効果を十分考慮して展開部の演奏を考えなければなりません。作曲家の工夫を最大限に演奏に盛り込むことは演奏者の義務だと思います。この意味からも接続部の詳細な研究は重要です。

「独立した2つのテーマ」という原則は、テーマ過多からくる散漫さを避けており、この原則ゆえにソナタ形式は彫の深い表現を行うための絶好の形式となっております。もちろんこの原則をはずした曲は沢山存在します。ベートーベン以前はソナタ形式が完成するまでの過程ですし、ベートーベン以降においては上記の原則と効果を熟知した上での創意工夫です。

複数のテーマを沢山使用しながら、原則から得られる以上の効果をだせるかどうかは一つの挑戦です。上手くいった作品もありますし、やはり凝集力を欠いてしまった作品もあります。次々と出てくるテーマをどれも同じように完璧な重みで演奏してしまって作品の構造的な弱さをさらけ出すような演奏が良いわけがありません。演奏者の創造力は作品の弱さをカバーする面でも発揮されるべきです。

第一主題は作曲家が作曲を行う根拠になる基礎楽想であり、論文のテーマと同じ意味を持ちます。第一主題にこれほどの重要性を負わせてしまうところがソナタ形式の重要な点です。裏を返せばソナタ形式はこの形式に耐えうる楽想を発想できるかどうかの能力を作曲に問うています。

多くの作曲家が多大な精力をつぎ込んだソナタ形式のすごさはここにあると思います。第一主題を思い付きの楽想だと思わないようにしましょう。そして発想記号まで含めたすべての指示を重要なメッセージとして捕らえ、どのようにテーマを表現するか音符単位にまで還元して検討しましょう。第一主題は作曲家の血と汗の結晶です。思い付きで弾かないでください。

提示部では第2主題が属調で表現され、再現部では主調で再現されることもソナタ形式がそれ自身の進歩を作曲家に促した点だと思います。第2主題が属調で表現するためには第一主題の提示後、属調に転調するための経過部Aが必要になります。

再現部においては第二主題は主調で再現しなければならないから、経過部Aはそのままでは使えず経過部Bを書かなければなりません。手間を省きたければ休止符を利用した転調をしてしまえば良いのですが、経過部を複雑で手の込んだものにする可能性はいくらでもあります。そしてその様にソナタ形式は進化しました。また第二主題を属調で表現するためにソナタ形式は自然に立体化しており、これもソナタ形式が大きく発展した原因になっていると思われます。この点については演奏解釈に反映させうるものとは考えませんが形式の特長として把握しておくべきことだと思います。

以上ソナタ形式の特徴についてまずご説明しました。

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